常にやる気がない女と、苦労する後輩の話。


 

「仕事辞めたい」 

「はい?」 

 

 この台詞を聞くのは何度目であろうか。退社時間が過ぎ、人が疎らのオフィスで携帯片手に机に突っ伏しているのは、寺道啓太の先輩であり教育担当の篠崎楓。この姿だけを見たら誰が教育担当者だと思うだろうか。 

 

「そんなこと言って……課長に聞かれたらどうするんですか」 

「いいよーそのま消えて引きこもり生活になるから」 

 

 肩ぐらいまでの長さ。真っ黒な髪の毛を揺らし、頭を上げた篠崎は手に持っていた携帯の明かりを点ける。画面に映し出されたゲーム画面に、寺道は肩を竦め小さく溜息を吐いた。 

 

「仕事なんて所詮お金の為にするだけなのよ。だったら楽な事をして稼ぎたいわー」 

「またそんなこと言って……どうせ長い時間会社にいるんだから前向きになりましょうよ。ほら、いろんな人と交流できて話を聞けたり自分自身の成長に繋げたり」 

 

 手に持っている書類を机の上で整え、ファイルに挟む寺道に篠崎は眉間に皺を入れ携帯画面に視線を向ける。画面の中では、敵にやられた主人公が倒れてしまいゲームオーバーとなっていた。 

 

「なんでそんな前向きなんですか」 

「……なんでそんな後ろ向きなんですか」 

 

 眉を下げながら「人種?」と答え笑う寺道に、肩を竦め篠崎は溜息を吐いた。 

 

「あー、働きたくないー、ごろごろしながら生きていきたいー。でも生きていくのにお金が必要ー。なんて世知辛い」 

 

 ぺたりと頬をデスクに付け、冷やりとする感覚に瞼を閉じ、恥じらいもなく大きな欠伸をする。そんな篠崎を見て、帰りましょうかと微笑んだ。 

 

「帰りますかー。明日休みだし」 

「そうっすねぇ。明日どこか行きますか……?」 

 

 その問いに、帰り支度をしていた篠崎は一度瞬きをし「多分、寝てるわ……人生無駄にしてるなー」と首を横に振りながら呟いた。 

 

「折角の休みなのに、勿体無い。俺、明日イベント行くんすよ」 

 

 聞いてほしそうに瞳を爛々と輝かせる寺道に、思わず顔を顰め「良かったね、おめでとう」と心にも無いことを言えば、篠崎が適当にあしらえば「つれないっすね」と口をへの字に歪めていた。 

 

 サクサク歩きオフィスを出てく篠崎に小走りで走って追いかける寺道。ここ数ヶ月よく目にする光景。寺道が入社し早半年。 

 

 ほんの少し肌寒い、秋の始まり。 

 

 

2015.10.28