「て、感じの出会いじゃなかったか……?」
テーブルを挟んで、焼きたてのクッキーを一口ぱくりと口に運ぶ。ドットお手製のお菓子は相変わらず美味しいなぁと思い、ソルは続けて紅茶を飲んだ。
「記憶の改ざんも甚だしいな。泣きついて命乞いをしてきただろう、貴様は」
ブラッドに指をさし、見下ろす。歪に笑うオニキスに向かって「はあー!? 命乞いなんてしてねぇし! お前こそ助けてくれって叫んでたじゃねぇか」と、握りこぶしでテーブルを叩き、ダン! とオニキスに反論する。テーブルを叩いた振動で、カップに並々と注がれていた紅茶がぱしゃんと零れた。
「もー、零れてるじゃんかよー!」
「ぶっ!」
台拭きをべしん! とブラッドの顔面に投げつけ「拭け!」とドットは声を荒げる。顔面からペラリと落ちた台拭きを握り締め、目の前を飛んでいたドットの顔面をブラッドは鷲掴みする。
「テメェで拭いてやらぁ!」
「ギャー! 自慢の白い毛並みがー!!」
ギャアアと叫び、ドットがブラッドの腕に噛み付いたが最後。一人と一匹の乱闘が始まった。
「今日という今日はもう許さん! お前のような乱暴者を成敗してくれるわ!」
「ぬかせ! ホワイトボールが俺に勝てると思ってるのか」
ゴオオと口から火を吐き、怒りに暴れるドットと、それに対抗するブラッド。その様子を椅子に座ったまま、死んだような目でソルが見ていた。
「もー、そんなシリアス展開じゃなかったでしょうよ……」
目の前の騒ぎに、今日もまた家が壊れるのか。と乱闘を見ながらソルはもう一つクッキーを口に放り込む。ストレスを発散するようにガリガリと音を立てクッキーを噛み砕く。
「なあに、ちょっとしたお遊びだ」
「……お遊びで毎回家壊されたら堪ったもんじゃないんだけど」
「善処しよう」
右手で髪の毛をバサリと払い、オニキスは笑う。隣に座るソルの整えられた頭を右手でグシャリと撫で、目元を細めた。
「んー?」
顔をあげ、オニキスを見ればどこかぼんやりした表情に見て取れた。一体オニキスは今、何を映し、誰を見ているのだろうか。ぐしゃぐしゃと撫でられる頭をそのままにしていたソルの瞳に少しだけ力が篭った。
「お前は本当に物怖じしないの」
だな。きっとそう言葉を続けたかったのであろう。だがオニキスの言葉は突如として遮られた。
「――っ……!!」
言葉にならない叫び。立ち上がり右腕を振り回してまとわりつく物体を振り落とそうと強硬手段に出た。
「がふがふっ!」
「なっ、にをする、貴様……! この私に傷をつけるなど!」
怒りを滲ませオニキスは腕に噛み付いていた、ドットを無理やり引き剥がし床に叩き付けむぎゅりと踏みつける。その衝撃に「ぎゃああ!!」とオニキスの足の下でドットがジタバタと暴れていた。
「覚悟はいいな……私に傷をつけるとは万死に値する」
「お前が気安くソル様の頭を撫でるからだろうが! お前こそ恥を知れ!」
ゴゴゴゴゴと効果音が何処からか聞こえてきそうな睨み合い。
足首を噛まれたオニキスが噛まれた足を振り回す。振り落とされたドットは床に打ちつけられる前に、シュタリと二つの足でバランスをとり床に立った。
オニキスの手のひらから放たれる黒い閃光。体に寸前で、落ちていたトレイで黒い閃光を防いだ。
黒い閃光はトレイで反射し、屋根を付きぬけ空で弾ける。ぱらぱらと零れる粒子がまるで花火のようだった。
「そんな魔法なんて効かねぇよーだ」
「くっ……トレイ如きで私の魔法が塞がれるとは」
ガクリと肩膝を付き、オーバーリアクションをとるオニキスの横でソルは穴が開いた天井を見て「あー」と感情のない声を出した。
「あっはは! おまえすげぇな。それで防いじまうなんて!」
バシバシとドットの背中を遠慮なく叩くブラッド。更に腹を抱え、声を上げて笑う。ひいひいと息切れして笑うブラッドに腹が立ったのか、オニキスは無言で真っ黒な炎の塊を投げつけた。
「あ」
と、ソルが声を上げたと同時に放たれた黒い炎が、ブラッドを燃やしながら激しい火柱が立ち上った。
「ブラッドー!」
「あー」
燃えるブラッドの名を叫び、いつの間にかキッチンの蛇口から伸ばしたホースで火柱を消化する。その様子を見ながらソルは考える事を停止し「あー」と小さく言葉を漏らすしかなかった。
「ふっ……さすが、私の魔法は惚れ惚れするほどうつく」
美しい。きっとその言葉がオニキスの口から出てくる予定だったのだろう。ゴツッ。と鈍い響き、オニキスが声も無く突然バタリと床に転げ意識を失った。黒い火柱を消化していたドットはゴトリと聞こえたに反応し、くるりと振り返り、オニキスを一度見た。
倒れているオニキスの後ろ。スカートから伸びた足が、一歩だけ動く。
恐る恐る視線を上げたドットは、びゃっと涙を零した。
「あ、あわわ……そ、そるさま……」
わなわなと震えるドット。焼け焦げたブラッドはドットの様子に、どうしたのかと視線の先を見た。
「悪い子には、お仕置きしましょうね」
真っ赤な瞳の奥が揺らめく。ソルの目が瞬き一つせず限界まで見開き感情一つ無く、座り込んでいたブラッドとドットを見下ろしていた。
これはまずい。そう思ったブラッドだが、ガタガタ震えながら顔面に飛びついたドットに視界を遮られ、逃げることはできなかった。
山奥の小さな家から悲鳴が二つ、木霊した。
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