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「うっ……ぐうう」 

 

 泣く。一匹の白い小さな竜。その背中がぶるぶると震え、掛ける声も無い。 

 

「うぇ、ええ……そ、そる様、ソル様……!」 

 

 まさに号泣。滝のように涙を流し、わんわん泣くドットを横に、温かいお茶が注がれている湯飲みに口をつける。バタバタと聞こえてきた物音に瞼と瞑り、はあ。とオニキスは小さく息を吐いた。 

 

「あー! さっぱりしたー!」 

 

 バーンと音を立て、扉を開け放ったのは頬をほんのり紅く染め、ほかほかと体から湯気が出るほど湯浴みをしてきたソルの姿だった。 

 

「わーん! ソルさまあああ!」 

「ぐえ」 

 

 姿を見せたソルに向かってドットは飛び掛った。体格差でドットを支えきれなかったソルはカエルが潰れたような声を上げて、ベシャリと潰れた。 

 

「お、おもっ……」 

「ソル、様! 良くぞご無事で! 大丈夫ですか? どこかお怪我はありませんか!? あの変態エセ勇者野郎に何か変な事されませんでしたか!? もしソル様のみに何かあったら……! オレは、オレは……!!」 

「ぐえええ」 

 

 ぐいぐいと抱きしめながら泣きじゃくる声。苦しそうな声が聞こえる。 

 ゴクリと口の中に含んでいたお茶を飲み干したオニキスはゆっくりと瞼を開き、目の前の煌びやかな装飾がしている深みのある皿に、無造作に入れられているクッキーを一つ抓んだ。 

 

「てんめぇー、誰が変態だ! ホワイトボールのくせしやがって! そもそもこのガキかババアかわからねえような相手をどうこうしようって言うのなんざ微塵もねぇんだよ!」

「ソル様に魅力がないというのか貴様はー!!」 

「どうしろっていうんだ」 

 

 ドットの頭を鷲掴みにして同じ目線まで持ち上げたのはブラッドだった。 

 

「おめぇいい加減にしろよ。ソルを無事に連れ帰っただけいいと思え」 

「いーっだ! そもそもお前達が喧嘩したせいだろうが! 勇者だか魔王だか知らないがソル様とのハッピーラブラブ生活を邪魔しやがって」 

「ラブラブじゃあない」 

 

 ソルを心酔するあまりたまに幻覚が見えているかのような妄言。ドットの言葉に首を横に振りながらノー。と答えるソルの気苦労にブラッドとオニキスは少しばかり同情した。

 

「とりあえず、お腹減ったぞ、ドット」 

「飯にしようぜ、飯」 

「ごーはん、ごーはん」 

「んんんんっ」 

 

 次々と主張する三人に、ドットは唇を噛み締め声にならない声をだす。ソルの声に合わせてオニキスとブラッドも「ごはん、ごはん」と言い出した。 

 それは、一人の少女と、魔王と勇者。そして一匹の竜による珍妙な風景。 

 

「カレーがいい」 

「オムライスがいい!」 

「フルコースだろう」 

 

 好き勝手にメニューを言い出す三人に、ドットはどこかの血管がブチンと切れる感覚がする。がばりと口を開き、炎を吐き出しながらテーブルをひっくり返して怒鳴り上げた。

 

「うるっさーーい!!」 

 

 そんな日常。 

 雨はもう、止んでいた。