カツンカツンと小さく響く、硬い何かが鉄にぶつかる音。カツンカツンと再び聞こえた所で、鉄の塊は声を上げる。
『ネェ、ソコハ巣ジャナイカラ降リテ』
「クエー」
大人の手のひらに乗るほどの大きさ。白い渡り鳥はホープのつるりとした頭部で軽快にステップをし、くちばしでつっつく事を繰り返す。
広い港町の少し南東にある、閑散とした空間に遠くから聞こえる波音。目前に広がるのは、扉が閉まった商店街。周りを観察しながら歩くホープの視界に映ったのは高価そうなペンダント。それを拾い上げれば微かに埃や砂が付いているものの綺麗だった。
『?』
無い首を傾げペンダントが落ちていた砂の地面を見れば、荷台が通ったような車輪の跡。街の中心部へと続いていたが、道が途中で舗装されている為車輪の跡は途切れている。
『落シ物ハ届ケナキャネ』
ペンダントを覗き見ようとしたのか、渡り鳥はホープは右の拳にとまり「クエエ」と鳴く。渡り鳥は大きな瞳でキラキラ光るペンダントを見つめた。
ペンダントが気になるのか、渡り鳥がくちばしで何度もくわえようとするので、ホープは腹のパーツを開けてひとまず中に押し込んだ。
クエ。とひと鳴きした後に、しんとする空気。ぐるりと周りを見渡したホープは、自分と渡り鳥しか居ない事に気がついた。
『ソウ言エバ、マスター居ナイ』
一体何処ではぐれてしまったのか。全く心配させるマスターだな。と言葉にして少し前の記憶を探ったが、ホープにはいつはぐれたか分からなかった。
『戻ロウ』
くるりと踵を返すホープに別れを告げるように渡り鳥は一度鳴き、羽を広げ飛び立った。それを手を振り見送った所で賑やかな街の中心部に、両手を広げガシャンガシャンと音を立てホープは走った。
▽
街に入れば巨体のホープが珍しいのか好奇な目の数々。視線に気がつかないホープはフェイムを探す為に足を進めていく。そんな中、商店街から街の中央へ繋がる角の店に人だかりが出来るのを見て足を止めた。
一体何事か。ガシャンガシャンと足音を立て野次馬の背後からホープが覗く。野次馬の一人は背後で聞きなれない音に振り返り、ホープの姿を目にして驚きの声を上げた。
『何? アレ』
「へ? あ、ああ。魔導師どもが機工師に難癖つけてんだよ。正直よー、ここは剣技の国なんだぜ? 魔導師も機工師も争いごとをするんなら他所でやってほしいよなぁ。大体よー……」
ホープの問いかけに答えたのは若い男。男はまだ言葉を続けていたがホープは顔をあげ、騒ぎの中心を見た。
そこにはローブを羽織った人物が二人。顔を隠していて表情や性別が分からない。ローブを羽織った二人は恐らく魔導師。その二人に対峙しているツナギを着た壮年の男が一人。険悪なムードを漂わせている。
「いい加減にしてくれないか。こちとら店の前で騒ぎ立てられるのは迷惑なんだよ」
ツナギを着た男が眉を潜めて声を出す。野次馬になっている周りの人間にも「見世物じゃねぇから早く帰れ!」と手を払う。その男の行動を妨げるかのように、ローブを羽織っている魔導師の一人が言葉を発した。
「これ以上騒ぎを大きくする気はない。……早く渡してもらおうか」
ぼそぼそと話す魔導師にツナギの男は顔を顰め、チッと舌打ちをし、腕を組んだ。
「ありゃぁ、正式に魔の大陸からの譲り受けた商品だ。もう既に色んなカラクリの動力に使われてる。今から回収しようなんざ無理な話だぜ」
「……アレの本当の価値が分からぬお前達が使う事が宝の持ち腐れと言うんだ。ガラクタの動力なぞに使うなど持っての外だ」
魔導師の男が右手の掌を前に突き出せば、淡く光る粒子が集まり魔導師の右手に炎が灯る。その様子を目にした野次馬達はざわりと騒ぎ出した。
「実力行使も伴わんぞ」
「街中で魔法を使うのは法に反するぞ!」
ツナギの男が叫ぶと同時に、魔導師は手のひら大の光りの塊を撃ち放つ。それを見て逃げる野次馬と叫び声。ツナギの男に命中する! その場に居た誰もがそう思った瞬間。パン! と破裂音が響いた。
『喧嘩ダメ。危ナイヨ』
光りの塊を、まるで蚊を叩くように両手で叩いたホープは感情のない顔で魔導師の男を見る。ホープの周りで粉々に砕けてしまった光りの塊は漂って、消えた。
「貴様……!」
ホープの姿に驚きの声をあげた魔導師の男が腕を振り上げたが、ローブを被ったもう一人の魔導師にその腕を掴まれ静止する。
「これ以上騒ぎを大きくしては後々面倒だ。ここは一旦引き返すぞ」
「くっ……承知した」
ローブを被った魔導師はホープを一瞥し、「作り物のガラクタに邪魔されるとはな」と苦々しく呟き、姿を消した。
「ホープ、大丈夫か!」
『マスター! ドコ行ッテタノ』
騒動が収束し、散り散りになった野次馬のなかからひょこりと姿を現したフェイムはまるで自分が迷子になっているかのように言われ怒りを露にする。
「何処って……お前が勝手に走って置いて行ったんだろう! まったく、もう!」
その怒りを発散するかのように、両手に持っていた大量の食べ物の中から、たこ焼きを一つ串に差し口に放り込んだ。
フェイムの両腕の中には、たこ焼きと焼きそば。から揚げ、焼きうどんに煎餅。熱々の海鮮スープに魚の塩焼き。頭のバンダナの上にはたこのお面を付けていた。
フェイムの頭からつま先までじっと見たホープにもごもごと口を動かすフェイム。有無を言わさずホープはフェイムが大事に持っている両腕の中の食べ物をひょいと取り上げた。
「ああ! 返せ!!」
取り上げたホープに文句を言いながらホープの鉄の胴体をガツンと殴る。
次の瞬間、フェイムの拳に鈍い痛みが走り、声も無く地面に突っ伏し悶絶した。
「ん、っぐうぅぅ……!」
『マスター、食ベスギヨクナイ。ソシテ迷子ヨクナイ!』
地面でもがいているフェイムにホープは無情にも説教をする。
「おいおい、坊主大丈夫か……」
「ひー、大丈夫じゃない~」
ボロボロと涙を零し、痛みが走る拳を掲げるフェイムに、先ほど魔導師に難癖をつけられていたツナギを着ていた壮年の男は声を掛けた。
「迷子じゃない! 僕だって颯爽と格好良く出たかったさ! でも周りの大人達の背中に隠れてたからもう出れないじゃん!? だからもう諦めて屋台の食べ歩きするしかないじゃないか……!!」
うううと泣きながら地べたにうずくまるフェイムに『意味ガワカラナイヨ』とホープの変わらないはずの顔が少しだけ、落ち込んでいるように見えた。
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