そよそよと鼻を擽る潮の匂い。髪の毛を泳がす爽やかな風。
「うわ~! やっぱり海ってすっごい大きいな~!」
目の前に広がる大海原を、船上で目を輝かせていたのは一人の少年。
栗色の柔らかい髪に、深緑色の瞳。ツナギ姿に頭はバンダナ。腰には少し大きめなポーチを着けている。
名はフェイム=アラムス。現在十二歳の夢を見る少年だ。
機嫌よく鼻歌交じりに船上の空気を満喫していたフェイムの耳に、名を呼ぶ男の声が一つ。
「あ、フェイム君居た!」
「ラウネさん、どうしました? てか、船酔い大丈夫ですか?」
「ああ、おかげさまで何とかね。まだ本調子じゃないけど……って、そうじゃなくて! キミの相棒錆びてしまうけどいいのかい?」
「へぇ!?」
ラウネと呼ばれた青年はファイムの"相棒"がいる方向に指をさす。指し示された先の光景を見て、フェイムは目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。
丸い塊が一つ。
船の縁を超えようとしているのか、丸い塊から出ている腕は縁に伸び、丸い巨体を持ち上げ足が地面から浮いていた。
「ホープ!!」
『ア、マスター』
「お前落ちたら引き上げるの苦労するから中に居ろって……」
言ったじゃん! と、フェイムが続けたかったその言葉が口から出てくることは敵わなかった。
ドボン。
目の前の巨大な塊がつるりと海に落ちていく。重量のある物質が海に落ちる音と共に大量の水飛沫がフェイムに降り注いだ。
「ホープウウウ!!」
『マ、マスターアアア』
爽やかな青空の下。叫び声が二つ響いた。
***
「いやー、キミ達といると飽きなくてすむよ」
巨体を船員たちと共に漁用の大きな網で引き上げ、力尽きていたフェイムはガバリと起き上がった。
あっははと豪快に笑うラウネにフェイムは口元を歪めて「笑い事じゃないよ!」と右手に持っていたドライバーを振り下ろす。振り下ろしたドライバーは目の前のホープのボディにヒットし、ゴイインと音が響き渡った。
"ホープ"それは直径二メートル程のカラクリロボット。丸い体に取り付けられた伸縮可能な短い手足に、目の部分には赤いパネル。
この世界では少し珍しい、非戦闘型ロボットだ。
『マスター、ヒドイ』
「ヒドイのはお前だよ! 船員さん達に迷惑掛けて恥ずかしい!」
ドライバーで何度もホープを叩けばゴインゴインと鈍い音が船上に響き渡る。ホープを叩いても痺れるのは自分の手だけだと気がついたフェイムは大きく溜息を吐き「なんで海覗いてたの?」と疑問をぶつけた。
『図鑑デシカ見タコトノナイ魚ガ沢山イタ』
甲板の上。両足を伸ばして座っていたホープは海面を見る。表情が変わるはずも無いのに、どこか嬉しそうにしているような気がしたフェイムはホープの背中の装甲を取り外す手を止た。
「そう言えば、ホープは初めて海に来たの?」
『前ニ見タコトハアルケド、時間ガ無カッタ』
無機質な機械の声なのに、ホープの声がどこか悲しそうに聞こえる。そう思ってしまったフェイムは、手に持っていたドライバーにほんの少しだけ力を込めた。
「まぁ、お前が今まで何見てきたかは分からないけど、これから沢山のものを見ていけばいいじゃん。僕と一緒に世界を見ればきっと面白いことがまだあるよ!」
歯を見せるように笑うフェイムを見るように、ホープは無い首を動かした。
『過度ナ期待シナイデ待ッテル』
「お前なぁ……」
いつも一言多いんだよ! ダッテー! と二人のやり取りを見ているラウネは笑う。そんな二人と一体の元に聞こえた野太い声が、もう直ぐ船旅の終わりを告げる。
「港に着くぞー!」
新たな港が歓喜の宴を上げていた。
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